静けさのうちに

今日の世界が不安と絶望の中にあり、多くの外的なものにまきこまれている時に、静けさのうちに信仰の力を与えてください。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、175f頁

〔言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。・・・その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。〕(ヨハネ1・4,9)

2018年8月3日(金)

不安と絶望という暗やみの世界の中に、自分自身の人生を前進させるためには、確かな光が必要です。行く先を照らす光が必要です。一歩を踏み出し、その足を下ろすところを照らす光が必要です。

この光は、いつわりの光ではなく確かな光でなければなりません。

いのちこそ、この確かな光である、と聖書は語ります。

そしてこのいのちはどこにあるのか。ことばのうちにあった、といいます。

ことばとは、イエスさまご自身のことです。ですからイエスさまのうちにこそまことのいのちがあり、このイエスさまのいのちこそ、まことの光である、ということです。

しかしイエスさまのことをわざわざことばと語っているには意味があります。イエスさまは何よりもことばなるお方なのです。

人間はいつのころからかことばを語るようになったといいます。つまり最初からことばがあったわけではありません。しかしヨハネの福音書は最初にことばがあったというのです。この最初にあったことばこそ、私たちの人生を、そして世界を照らすまことの光なのです。

イエスさまにあるならば、イエスさまのいのちをいただいているならば、私たちはこの世界を歩むことが出来ます。このイエスさまのいのちにいきるためには、まず静けさの中に、身を置かなければなりません。