互いに忍びあい

このわれらの家にあってもわれらを守ってくださいますように。そして愛をもって互いに忍びあい、平和のきずなで結ばれて、聖霊による一致を守り続けるように努めさせてください。

C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、176頁

〔一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。〕(エフェソ4・2,3)

2018年8月4日(土)

「忍びあう」ということばを「忍び逢う」、つまり人目を避けて密会するというように読み込んでしまうことがあるようですが、これは「忍耐する」ということです。平和の絆で結ばれること、聖霊による一致を守ることには、この忍耐が必要であり、忍耐することこそ愛がもたらす力である、ということです。

聖霊によって歩むということは、平和と一致に生きるということですから、聖霊に導かれたといって分裂するならば、それは聖霊によって導かれていることではありません。

「われらの家」と祈っているのは、著者自身の家庭という意味だと思います。しかし、この世界そのものを「家」と語っているとの理解も許されるのかなと思います。この世界は、ひとつの家族である、ということです。

家族とは、利害関係なく、無目的に存在がゆるされている唯一の場なのだと思います。私たちが生かされている世界は、私たちにそのような場を与えていてくれるのだと思います。

ですから謙虚に、世界を愛し、感謝して生きなければなりません。