愛しまつる在天の父よ、あなたがわれらの父でもいてくださることは、われらのよろこびです。われらのだれもが生きなければならぬ人生を、あなたは支配し、導き、正しいものへと至らせてくださいます。あれこれにこだわる必要もなく、くりかえして自由に、くりかえして新しく生き、くりかえして前進し、自分と自分の仲間のことをよろこび、そうすることによってあなたを賛美し、み力がわれらに現われるようにしてくださいます。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、25頁
〔私は苦しみの中に主を呼び求め、助けを求めてわが神に叫んだ。主はその宮で私の声を聞かれ、御前に助けを求めた私の叫びは、御耳に届いた。〕(詩篇18・6)
神が「父」であるということ。まことの「父」であるということ。肉の父のように不完全なものではなく、慈愛に満ちた父であるということ。
この人生は「生きなければならない」ものであるということ。
しかし神さまは私たちの人生を慈愛をもって導いてくださるということ。
あれこれのことにこだわる必要はなくなりました。
どんなに失敗をしても、くりかえして生きることができるのです。自由に、常に新しく生きることができるのです。何かの拍子に停滞してもくりかえして前進することができるのです。
そうして自分の仲間のことを喜ぶことができるのです。自分の仲間を喜ぶことを通して、神さまを賛美します。さらにそのように生きることによって、私たちに神さまのお力が現れるようにしてくださるのです。