「安逸を欲するは百難の本なり。吾が友に相求むる所は、願くは吾を起こして我をして怠るなからしめん事なり。是れ吾人の興に共に望む所なり。」

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「安逸を欲するは百難の本なり。吾が友に相求むる所は、願くは吾を起こして我をして怠るなからしめん事なり。是れ吾人の興に共に望む所なり。」

新井奥邃、『聖言』、129

「何もしないで遊び暮らすことを願うことは、多くの不幸の根本です。私が友人との間に求めることは、願わくは私を起こし、私を怠惰にならないようにすることである。これこそ私たちの仲間に共に希望することである。」

 水が低いところに流れるように、人間は楽な道に歩みたくなります。しかしそのような楽な道は、人生を豊かにするのではなく、むしろ逆に貧しく虚しいものにします。
 楽な道を避けて、本来歩むべき道に歩み続けることは、なかなか難しいものです。人間は弱いのです。
 そこで友の存在は大切です。真の友は、楽な道に進もうとするお互いを励まし、切磋琢磨し、厳しいかもしれませんが、歩むべき道に歩むことができるように、支えてくれるのです。
 そのような仲間を持っているということは、何よりの人生の財産です。

〔聖書の個所〕

私と話していた御使いは私に言った。「叫んで言え。万軍の主はこう仰せられる。『わたしは、エルサレムとシオンを、ねたむほど激しく愛した。しかし、安逸をむさぼっている諸国の民に対しては大いに怒る。わたしが少ししか怒らないでいると、彼らはほしいままに悪事を行なった。』それゆえ、主はこう仰せられる。『わたしは、あわれみをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。・・万軍の主の御告げ。・・測りなわはエルサレムの上に張られる。』
(ゼカリヤ1章14~16節)

思い違いをしてはいけません。友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます。目をさまして、正しい生活を送り、罪をやめなさい。神についての正しい知識を持っていない人たちがいます。私はあなたがたをはずかしめるために、こう言っているのです。
(第1コリント15章33~34節)

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