〔ドイツの降伏〕
2015年5月7日(木)状況に応じて私たちに相応しいことは、私たちがいったん目撃者である以上、この真の悲劇の少なくとも真の目撃者であるということです。
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記述の出来事への心震撼させられた同情により、心打たれた畏れの念によって覆われています。そしてこの畏れの念は、今やはりこの出来事に見舞われた者にも、かくも大きな高みからかくも深く墜落した者にも役に立つものであります。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、261f。
かつて世界を制覇した大バビロン帝国にも滅びる時がやってきました。預言者イザヤはそのことを予言しました。人びとはやがてバビロンが崩壊するのを目撃します。
苦しみの中にも、必ずその苦しみに終わりが来ることを知っているか知っていないかは、大きな違いです。
バルトは、第二次大戦においてドイツが降伏した時に、自分たちがその目撃者であったことを大切にすることを勧めます。どんなに強大な力であっても、権力であっても、終わりがやってくるのです。
神のようになろうとする勢力がこの世界にあります。また私たちの身近にあります。しかしそれにも終わりがやってくることを、キリスト者は知っています。
私たちはその神さまのご支配を厳粛に受け留めます。
(祈り)
神さま、あなたこそ真の王であり、私の人生を導く確かなお方です。
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