〔活動的な生活〕
2015年5月1日(金)神の掟は、人間の活動的な生活を要求しています。
・・・
神の掟は実際、人に自分自身を-それはまさに活動的生活です-「超える」よう呼びかけます。
・・・よっとしたら自ら超越的な神となって行動するのだとでもいうかのように思い違いをすることは、ここでは問題となってはなりません。・・・
活動的生活は、従順のうちに営まれれば必ず、その本質が「神の行為への一致」となります。
・・・
神は、人間も被造物として自分の義務を果たすことで神に応答せよ、という意向と意図をお持ちになって、創造主としてご自分の義務を果たされつつ、命じ、その命により人間の生を聖化されます。神の行為へ一致しつつ自分の義務を果たすこの行為は、人間の従順のうちに営む生であります。カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、250f。
人間が、肉的な思いの中で活動するのではなく、神さまのお心を一番に考えて活動すること。そこには自分を従わせるということが必要となります。従順が必要となるのです。自らを従わせようとしない活動的な生活は、自分も周りも滅ぼしてしまいます。
神さまの御心を第一に考えて、自らを従わせて活動するならば、自分も周りも生かす人生を築くことができます。
(祈り)
神さま、あなたの御心を第一にすることができますように。
コメントを残す