「わずか一時(ひととき)も目を覚ましていられなかったのか」。 マルコによる福音書14章37節

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〔ゲツセマネの園にて〕
2015年3月18日(水)

そうです、ペトロは目を覚ましていることはできなかったし、他の全ての者もできませんでした。何度も何度もイエスは彼らが眠っているのを見なければなりません。
・・・
イエスに対するキリスト教の、教会の完全な無力、イエスの決定的な働きへの周知の彼らの不参加、恐ろしい孤独、その孤独に教会はイエスを残し、イエスは全くお一人で―彼らと一緒ではなく、彼らなしで、しかも彼らのために―なさなければならなかったことを、なさいました。
・・・
イエスお一人が彼らの代わりに目覚めて祈っておられたのでした。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、159f。

人間の罪を背負おうとする神さまを前にして、人間は目覚め続けることができませんでした。神さまはお一人であがないのみわざを成し遂げてくださいました。それがイエスさまです。このお方だけが私たちの苦しみを担うことのできるまことの神さまです。

(祈り)

神さま、私の罪の重たさを教えてください。そして救いの喜びを確かにしてください。

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