我らを試みにあわせず

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〔我らの御父 主の祈り〕
2015年3月9日(月)

ここでは大きな試練が話題になっています。災いだけでなく、悪、いや悪者が問題です。
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神が私たちを助けに来てくださらなければ抵抗できない、はるかに勝っている避けられない敵が存在します。私は悪魔学、悪魔たちについての教義は好みません。私は専門家ではありません。それにもかかわらず悪魔は存在すると知るべきですが、その時はすぐにも急いで悪魔から離れるべきです。

カール・バルト、『カール・バルト一日一章』
小塩節、小鎚千代・訳、日本キリスト教団出版局、2007年9月25日発行、143ff。

ひところ「悪魔」「悪霊」についての「教義(?)」が盛んに福音はキリスト教会ないで語られていた時がありました。福音宣教の前進のために、この地の異教の宗教や風習、習俗の中に悪霊をみて、その悪霊を祈りや巧みな宗教技術で封じ込め、あるいは追い出すことが大切であると、まことしやかに論じられていました。講師は、まるで悪魔学の権威のように、悪魔とは、悪霊とはどのようなものであるのか、ということを力説しておられました。私はそのような講義や集会を見聞きするごとに(できるだけそういう場に行きたくないと願っていましたが)、きっと悪魔が喜んでいるだろうな、と心を痛めていました。良きにつけ悪しきにつけ悪魔のことが語られているのですから、悪魔は喜んでいるのです。

私たちは悪魔のことなんかよりもイエスさまのことを大いに学び、語りたいと思います。悪魔に人間の力や知恵で対抗できるなどと考えるのは、あの創世記3章で犯した罪を、もう一度犯すようなことです。私罪びとであり弱い人間は、あるいは人間の弱さを知っているならば、ただ「試みに合わせないで悪より救いい出したまえ」と祈ることだけが私たちにできることであり、またそれこそ最善のことなのです。

(祈り)

神さま、悪から救い出してください。

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