2014年2月9日(日)
「どのようにして若い人は自分の道を清く保つことができるでしょうか。それは、彼があなたのみ言葉を守ることによってです。」(詩篇119・9)生とその罪悪とをわれわれが認識するのは、決して自分の生そのものにおいてではなく、ただ人間に対する神の審判と、イエス・キリストの十字架における神の恩寵においてだけなのである。
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神は、恩寵と審判の言葉をわれわれに知らせ日々新たに裁きかつ憐れむことによって、われわれから罪を取り除くのである。誘惑と試みにおびやかされる時、私は何に頼るべきであろうか。それはただ神の言葉のみである。その時、私の道は清く保たれるであろう。ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、71頁f。
神さまのみ言葉には私を変える力があります。神さまのみ言葉だけが私を変えることができます。神さまのみ言葉にお出会いしたいと思います。
日々聖書に親しみ、集いで語られる聖書の言葉に、その説き明かしに耳を傾けたいと思います。自分の思い、自分の判断、自分の思想はいったん脇において、ただ神さまのみ言葉に耳を傾けたいと思います。
神さまは私に、恩寵と審判の言葉を語ってくださいます。私は神さまの言葉から神さまの恩寵と審判の言葉を聞き取らなければなりません。神さまのみ言葉から神さまの恩寵と審判の言葉を確かに聞き取ったならば、そこに新しい出発があります。新しく出発することができます。
神さまの喜んでくださる道へ出発することができます。
(祈り)
神さま、聖書のみ言葉にいつも耳を傾け心を開く者としてください。聖書のみ言葉にあなたの恩寵と審判の言葉を聞かせてください。そうしてあなたの喜んでくださる清い道に導いてください。
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