2014年2月10日(月)
「わたしは心をつくしてあなたを尋ね求めます。わたしをあなたの命令から迷い出させないでください。」(詩篇119・10)この神の言葉に触れる時、われわれは「わたしは心をつくしてあなたを尋ね求めます」と言わざるを得ない。なぜなら、「心をつくす」ことなしには、われわれは偶像を求めてしまうからである。心をつくさなければ神を尋ね求めることはできないのである。神はわれわれの心全体を求めている。神はわれわれのうちの何かを求めているのではない。そうではなく、われわれ自身を完全に求めているのである。
ボンヘッファー、『主のよき力に守られて~ボンヘッファー1日1章~
村椿嘉信・訳、新教出版社、1986年6月30日発行、73頁f。
神さまは私の心全体をお求めになっておられるのです。
私の心にはいろいろな部分があります。神さまはそのすべてを求めておられるのです。
心のどこを開いても神さまのものであると私たちは告白しなければなりません。
そうして心の隅々に至るまで神さまのご愛に満たしていただきましょう。
(祈り)
神さま、私の心にまだあなたのものとなっていない部分があるでしょうか。どうか心をつくしてあなたを尋ね求めることができるように導いてください。あなたの愛のお言葉から迷い出ることのないように導いてください。
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