それは、一時の間に消え去るような悲しみではありません。むしろ、心を占めるものは、すぐに忘れてしまうようなものではなく、しばらくの間続くものです。
ペトロの手紙第1、1章6節
2013年11月7日(木)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
332頁
悲しみにもいろいろあって、一時の間に消え去るような悲しみもあればそうでなくしばらくの間続く悲しみもあるといいます。
今どのような悲しみに出会っているでしょうか。
このしばらくの間続く悲しみのことを、欽定訳聖書では「憂い」と訳されていると、ウェズリーは語っています。
鬱、憂鬱、という言葉があります。暗い森の中に、鬱蒼としげる森の中に入り込んだような時があります。悲しみがあります。
しかし主イエスさまはどんなときにも共にいてくださいます。その時は辛いものです。しかし主が共にいてくださるのですから、安心して過ごしていれば必ず脱出の道に導かれていきます。
待つこと、祈ること、です。
コメントを残す