真実の宗教はへびの頭を踏みつけられたキリストによる、悪魔によって奪われた人格の回復です。それは神に好まれるようになるだけでなく、神の像に回復するものです。
ヘブライ人への手紙7章25節
2013年7月27日(土)『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
224頁
キリスト教信仰に生きるということは、人格の回復にあずかるものです。そしてそれは神の像に回復することです
人間は神の像に似せて造られました。ところが罪を犯しその像が破壊されてしまいました。イエスさまを信じて生きる者は、この破壊されてしまった像を回復していただけます。
キリスト教信仰に生きているといいつつ、この回復のない人、あるいは回復を目指していない人は、真のキリスト教信仰に生きているとは言えません。
御霊の実は「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」(ガラテヤ5章22,23節)です。神の像に回復することは、この御霊のみに満たされることです。この御霊のみを目指さない人は、真のキリスト教信仰に生きているとは言えないのです。
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