希望

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第二の神の子の霊的なしるしは希望です。
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生き生きとした希望と共に生気のない希望もあるからです。生気のない希望は、神の敵やその実を見れば分かります。それは高慢から来るものであり、悪い言葉や行動の原因でもあります。一方、生き生きとした希望を持っている人は、「聖なる者」とされるのです。

ヘブライ人への手紙6章19節
2013年6月17日(月)

『心を新たに』~ウェスレーによる一日一生~
(編)A.ルシー、(訳)坂本誠
182頁

いついかなる時も「希望」に生きたいと思います。希望を持ちたいと思います。希望を見出したいと思います。

生き生きとした希望に生きる者でありたいと思います。

生き生きとしていない希望、生気のない希望は、高慢から出ています。高ぶり、自分こそ偉い者である、まるで神のように何でもできるかの錯覚をしています。へりくだりがありません。ありのままの自分を見ることができていません。その勇気がありません。謙虚さがありません。

生気のない希望は、悪い言葉、悪い言動の原因となっています。悪い言葉、人を傷つける言葉、傲慢な言葉、差別的な言葉は、この生気のない希望から出ています。また、自分勝手な行動、愛のない行動、喜びのない行動はこの生気のない希望から出ています。

生き生きとした希望に生きる者でありたいと思います。愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制(ガラテヤ書5章)に満ちた希望に生きる者でありたいと思います。

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