パーソナリティ障害

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そこそこの年なれば、人は自分のパーソナリティに対して責任があると思う。その年になれば、親や不遇な環境のせいにばかりはできないのだ。いかに生きてきたかが、その人のパーソナリティには、顔に刻まれた皺のように刻まれている。中年になっても、子供のように自分勝手に振舞い、自分を省みることもない、情けない大人にならないように、自分のパーソナリティと生き方を磨き続けてほしい。

岡田尊司、
『パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか』、
PHP研究所、
2004年7月2日発行、
284f頁

去る2013年5月13日(月)に大阪・蛍池聖書教会を会場に行われた関西聖書塾は私にとって大変刺激的で有意義な集いでした。内容についてはまた何かの機会にお分かちしたいと思います。講師の藤掛明先生のお話しは経験に裏付けられた深い内容であり、また牧会現場で労する牧師たちにとって示唆に富んだ豊かなものでした。また機会があればぜひ先生のご講演に伺いたいと思いました。

さてそこで少し紹介された本が『パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか』です。人と接する職業の人、特に牧師はぜひ読むべきであると思いました。以前にこれと同じような(といっていいか自信はありませんが)、小此木啓吾、『あなたの身近な「困った人たち」の精神分析』(大和書房、1995年10月30日発行)、を読んだ時に、いろいろと考えさせられたことが、再びよみがえり、より整理されたことでした。またいろいろな例となる人物のことが紹介され解釈されなかなか興味深かったです。

この『パーソナリティ障害 いかに接し、どう克服するか』の、結論といいますか著者の願いとしては、この上記の言葉ではないかと思いました。

人間ありのままでいいとは言うものの、自分も周りも生きづらいというのは何とかしたいものです。人間の力には限界がありますが、神さまに祈りつつ、自分自身を神さまのお力によって変えていただきましょう。

2013-06-07 06.59.08

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