主はミディアン人の陣営をあなたがたの手に渡された

静まりの時 士師記7・9~15
日付:2023年07月27日(木)

ギデオンはこの夢の話と解釈を聞いたとき、主を礼拝し、イスラエルの陣営に戻って言った。「立て。主はミディアン人の陣営をあなたがたの手に渡された。」
(士師記7・15)

 神さまがギデオンに語られた言葉は、「立って、あの陣営に攻め下れ。それをあなたの手に渡したから」でした。しかしこれに続いて「もし、あなたが下って行くことを恐れるなら、あなたの従者プラと一緒に陣営に下って行き、彼らが何を言っているかを聞け。その後、あなたの手は強くなって、陣営に攻め下ることができる」と語られました。

 「もし、あなたが下って行くことを恐れるなら」。ギデオンは恐れたでしょうか。
 続いて聖書はこう記しています。「ギデオンと従者プラは、陣営の中の隊列の端まで下って行った。」
 つまりギデオンは恐れていたのです。神さまが、あの陣営に攻め下れ、と言われたのですから、勇気を振り絞って、その言葉を信頼して攻め下ってもよかったのだと思います。しかしギデオンにはそれができなかったのです。
 神さまはそのようなギデオンのことをよく知っていてくださいました。それで「もし、あなたが下って行くことを恐れるなら」と語ってくださったのです。ギデオンはその言葉を受け止め素直に従者プラと共に敵の陣営に偵察にいきました。
 ギデオンは、このとき、自分は恐れている、ということを明らかにしたのです。従者プラに対して明らかになりました。またイスラエル全陣営のまえにも明らかになりました。そして何よりも、ギデオン自身が、自分は恐れている、ということを受け入れたのです。ここにギデオンの真実の強さがあります。恐れを知らない大将の陣営は滅びに向かうしかありません。恐れを知っている大将の陣営は、確かな戦略をもって臨みます。
 今放映中の大河で、武田信玄は、勝利する戦(いくさ)しかしなかった、戦う前から勝利を確信していた、勝利を確信できない戦はしなかった、というようなことが言われていました。戦いが自分一人のことではなく、部下や、戦いのためにかりたてられる民百姓のことを考えると、勝つか負けるかわからない戦を始めるのは、大将としては無責任なことであり愚かなことでしょう。恐れを知っているからできることなのだと思います。

 さて、敵陣営に偵察に行くと、二つの情報を得ることが出来ました。一つは「ミディアン人やアマレク人、またすべての東方の民が、いなごのように大勢、平地に伏していた。彼らのらくだは、海辺の砂のように多くて数えきれなかった。」
 敵陣営は圧倒的な戦力を持っている。そのことが明らかになったのです。この情報はすでに抱いていた恐れがさらにまし加わることになったでしょう。
 もう一つの情報は

「ギデオンがそこに来ると、ちょうど一人の者が仲間に夢の話をしていた。『聞いてくれ。私は夢を見た。見ると、大麦のパンの塊が一つ、ミディアン人の陣営に転がって来て、天幕に至り、それを打ったので、それは崩れ落ちて、ひっくり返った。こうして天幕は倒れてしまった。』すると、その仲間は答えて言った。『それはイスラエル人ヨアシュの子ギデオンの剣でなくて何であろうか。神が彼の手に、ミディアン人と全陣営を渡されたのだ。』」

 敵陣営の兵の会話です。夢の話をしています。夢の解釈はさまざまに可能だと思います。しかしその兵の解釈は、イスラエルとの戦いに対する恐怖を表していました。敗北を予感していたのです。ギデオンはこの情報を得て決意しました。

「ギデオンはこの夢の話と解釈を聞いたとき、主を礼拝し、イスラエルの陣営に戻って言った。『立て。主はミディアン人の陣営をあなたがたの手に渡された。』」

 依然、ギデオンのなかにはミディアン人に対する恐れはあったと思います。しかしギデオンは勝利を確信して、戦いに前進します。

 二つの情報があったのです。敵の圧倒的な戦力、そして、敵兵の夢と解釈に見る陣営の中にある恐れ。ギデオンの目に映った強力なこの世の力、それに対して、敵兵の語る言葉。どちらも真実でしょう。しかしどちらを信じるのか。

 「この夢の話と解釈を聞いたとき、主を礼拝し・・・」。

 言葉と解釈、そして礼拝。そうして出発。きょうも新しい気持ちで出発です。

 今朝は早朝から教会の花壇の除草作業に幾人かの方がお見えになっておられました。ご苦労さまです。猛暑続きで花壇の花もぐったりしていますが、雑草だけは元気に育っています。
 きょうは本部の浄化槽の検査があり午前に出かけます。一年に一度のことです。数年前に浄化槽をなくして下水につなぐという話を業者の方と始めたのですが、いまのところストップしています。