静まりの時 第一テモテ2・1~7
日付:2023年06月10日(土)
1 そこで、私は何よりもまず勧めます。すべての人のために、王たちと高い地位にあるすべての人のために願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい。
2 それは、私たちがいつも敬虔で品位を保ち、平安で落ち着いた生活を送るためです。
(第一テモテ2・1,2)
共同訳2018では
1 そこで、まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人のために献げなさい。
2 王たちやすべての位の高い人のためにも献げなさい。私たちが、常に敬虔と気品を保ち、穏やかで静かな生活を送るためです。
(第一テモテ2・1,2、共同訳2018)
第一とすべきこと。それはすべての人のために祈ること。すべての人とは、文字通りすべての人のことであって、その中には王たち、高い地位にある人を含むと、わざわざパウロは語りました。テモテの手紙が書かれた時代、世界はローマの支配の中にありました。そのローマの王、高官のためにも、願い、祈り、とりなし、感謝をささげるのです。
権力とは対極にある人たちのために、あるいは社会から虐げられている人のために祈ることは大切なことです。しかし、逆に為政者、権力を手にしている人たちのために祈ることも大切なことなのです。現代の私たちの世界でいうならば、天皇、国会議員、自治体の長なども、世界の首脳、政治、経済、保健衛生、教育などの責任を持つ人たちのために、G7に集った人たちのために、など・・・。そういう立場にある人たちのために祈るのです。願うこと、祈ること、取りなすこと、そして感謝をささげること。天皇のために感謝をささげることもキリスト者の祈りです。
その目的は、私たちキリスト者が、常に敬虔で品位を保つ生活を送るため、平安で落ち着いた生活を送るため、であるといいます。
つまり秩序を大切にすることによって、信仰生活の平和が築かれ保たれる、ということでしょう。
パウロの手紙の中には、長老、監督、執事、使徒、教師、などなど、さまざまな立場、あるいは役割が登場します。家庭内での立場なども書かれ、その在り方が語られています。いずれも好き勝手にしなさい、ということではなく、それぞれの立場にふさわしい振る舞いが語られているのです。そこにあるのも秩序でしょう。
今日は備えの日、明日は主の日です。明日は教会学校では花の日訪問に出かけます。3年ぶりとなります。消防署、警察署、休日診療所にお花と子どもたちの作ったカードを届けて、感謝を伝えます。この行事は教会学校に通う子どもたちのためでもあると思います。自分たちの生活の平安が、さまざまな人たちの努力と犠牲の上にあること、またそのような社会の秩序の上に生活が守られていること。そのようなことを子どもたちとともに学びたいと願っています。