静まりの時 使徒3・1~10
日付:2023年06月06日(火)
すると、ペテロは言った。「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」
(使徒3・6)
ペテロとヨハネが、「午後三時の祈りの時間」に祈るために、神殿に上って行きました。「午後三時の祈り」というのは、ユダヤ教での祈りの習わしだったのだと思います。聖霊降臨を経験した彼らは、それでもユダヤ教の習俗のすべてと断絶してはいませんでした。安息日を守ること、男子の子どもに割礼を受けさせること、その他祭りに関することなども、今まで通り行っていたようです。
そんな彼らが、施しを求める「足の不自由な人」に向かって「ナザレのイエス・キリストの名によって」と祝福を語るのです。イエスさまへの信仰は、ユダヤ教の発展、あるいはリニューアルされたユダヤ教というイメージもあったのかもしれません。
使徒の働きは、聖霊による教会の始まりと前進について記されている書物ですが、ユダヤ教とキリスト教との間を行きつ戻りつしながら教会が進んでいく様子を見て取ることができるのだと思います。
ペテロの語った言葉に注目したいと思います。
「金銀は私にはない」。まずこのように語りました。この足の不自由な人は、ペテロたちに何かもらえると期待して目を注ぎました。つまり金銀を求めたのです。しかしその求めに、自分たちは答えることができない、自分たちの手の中には、あなたに答えるものを持ち合わせてはいない、とペテロは語ったのです。
自分はあなたの要求に答えることができない、そのことをしっかりと認めた、そして相手にそれを伝えたのです。
牧師は、教会に集う方々の要求にできるだけこたえたいと願っています。しかしできることとできないことがあります。かつて牧師館にかかってきた電話の中には、新しく買ったビデオ機器の配線についての質問もありました。私はとにかく答えてあげたいと電話口で一所懸命に答えていました。たまたま後ろでその電話のやり取りを聞いていた子どもたちが笑っていました。へ~牧師って何でも知っていなければならないんやな~、大変や~、と(笑)。
ビデオ機器の配線などは、嫌いではない分野なので特別にストレスを感じることはありませんが、30年余りの牧会生活で、やはり一番多いことは、信徒の方が病院の先生から病状を聞くときに同席することを求められ、一緒に考えることでしょうか。それ以外にも人生の重大な判断を迫られるときに一緒に考えることでしょう。
占い師のように、こうです! と答えたい欲望や願望が心の中に生まれます。しかし私の実情は、わからない、でしょう。自分にはそれを判断する力はない。あるいは判断するにはふさわしくない、と答えることはとても大切なことである、と思いました。
できないことはできないと答えること。それが主にある者のあり方です。あるいは主にある者は、そのように答えることのできる謙遜と健やかさをいただいている、ということです。
ペテロはつづいてこう語りました。「しかし、私にあるものをあげよう」。
私はあなたの要求に答えることはできない。しかし私の手の中には、あなたが求めているもの以外のものがある。あなたはそれを知らないだろうが、それこそあなたにとってもっとも必要なことなのではないだろうか、と。
自分の手の中にあるもの、それをペテロは明確に知っていました。そしてそれこそ、今目の前に人に、真実に答えることである、と知っていました。
「ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」。
主の名によって立ち上がり歩くこと。それがペテロの手の中にあったことです。
主がともにいてくださる、そしてその主があなたを真実に救ってくださると「語ること」。それは私たち主にある者のすべてが、その手の中にいただいているものです。
昨日は2時間ほどかけて義父の遺品の大型イーゼルを解体し処分しました。縦F100が可能で後ろにも画布受けがあり、ハンドルで上下する機能が二つ付いていて、前後に前方傾斜も可能なものです。絵の具があちらこちらに染みついていて捨てるのが惜しく数年間保管してきたのですが処分することにしました。友人や後輩たちにもらっていただけないかと連絡しましたが、だれもいらないですよね。高さが最高3メートル近くなり、重さも50キロを超えるものです。ちょっと大きすぎますね。義父のアトリエも解体されたと連絡があり、少しずつ義父の思い出がなくなっていきます。