あなたがたは、主が約束どおりに与えてくださる地に入るとき、この儀式を守らなければならない

静まりの時 出エジプト12・21~28
日付:2023年02月28日(火)

 「・・・あなたがたはこのことを、あなたとあなたの子孫のための掟として永遠に守りなさい。あなたがたは、主が約束どおりに与えてくださる地に入るとき、この儀式を守らなければならない。
 あなたがたの子どもたちが『この儀式には、どういう意味があるのですか』と尋ねるとき、あなたがたはこう答えなさい。
『それは主の過越のいけにえだ。主がエジプトを打たれたとき、主はエジプトにいたイスラエルの子らの家を過ぎ越して、私たちの家々を救ってくださったのだ。』」
 すると民はひざまずいて礼拝した。
(出エジプト12・24~27)

 「主の過越」(1~13)の教えに続き、今後イスラエルが行なうべき「除酵祭」の教えが続きます。この主の過越は一回限りのことでしたが、これを「祭り」(14)として今後も毎年祝い続けるようにと主は命じられました。それで毎年春を迎えるとユダヤでは過越の祭りが行なわれるようです。
 イエスさまは、この除酵祭、過越の祭りを更新されました。二千年前にその祭りの中でイエスさま自ら捧げられる小羊として十字架につかれました。その前夜の食事のときに、イエスさまはパンとぶどう汁と指さし、これが私のからだ、血と言われ、弟子たちに差し出されました。こうしてキリスト教会では、ささげられた小羊であるイエスさまを「食」し、「記念」(14)として礼拝において行うようになりました。これが聖餐式です。
 私たちは聖餐式において、主が過ぎ越してくださったこと、そうしてエジプトの地を脱出し約束の地に迎え入れられた喜びを確かにしたイスラエルのように、罪赦され、永遠のいのちををいただいたことを喜び感謝します。聖餐式のことをギリシャ語で「ユーカリスト」と言いますが、これは「感謝」という意味です。
 ですからこの聖餐式を見た人たちから「この儀式には、どういう意味があるのですか」と問われるならば、「それは主の過越のいけにえだ。主がエジプトを打たれたとき、主はエジプトにいたイスラエルの子らの家を過ぎ越して、私たちの家々を救ってくださったのだ」とイスラエルの人びとが答えたように、主は罪びとであった私のために十字架上で献げものとなって私を救って下さったのだ、と答えなければなりません。聖餐式は、主にある者にとって、証しの時であり、宣教の時です。