私たちの心を照らしてくださったのです

静まりの時 第二コリント4・1~6
日付:2023年02月09日(木)

「闇の中から光が輝き出よ」と言われた神が、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせるために、私たちの心を照らしてくださったのです。
(第二コリント4・6)

 共同訳2018では、

「『闇から光が照り出でよ』と言われた神は、私たちの心の中を照らし、イエス・キリストの御顔にある神の栄光を悟る光を与えてくださったからです。」(第二コリント4・6、共同訳2018)

 「闇の中から光が輝きでよ」とは創世記1章3節からの言葉でしょう。世界の創造主である神さまは、光を創造してくださいました。その光とは、いま自然界を照らし出す光であるとともに、パウロは、もう一つの光をここで語っています。それは、共同訳によると「神の栄光を悟る光」です。
 新改訳は少し分かりにくい訳ではないかと思います。「キリストの御顔にある神の栄光」。イエスさまの御顔には神さまのご栄光が輝いています。その栄光の輝きを「知る知識」をまた「輝かせる」というのです。そのために、神さまは私たちの心を照らしてくださった、と。つまり、私たちの心を照らしてくださったことによって、私たちの心に、神の栄光を知る知識を輝かせてくださった、ということでしょう。
 共同訳で、神さまは、私たちの心を照らしてくださる、そうして光を与えて下さる、その光は、イエスさまの御顔にある神の栄光を悟る光である、というのです。
 私たちの心が、神さまによって照らし出されることがなく、暗いままだと、神さまの栄光が見えない、というのです。4節に

「彼らの場合は、この世の神が、信じない者たちの思いを暗くし、神のかたちであるキリストの栄光に関わる福音の光を、輝かせないようにしているのです。」(新改訳2017)
「彼らの場合、この世の神が、信じない者の心をくらまし、神のかたちであるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにしたのです。」(共同訳2018)

 新改訳によると、信じない者たちの心は、この世の神によって思いが暗くされている、そうして福音の光が輝かせないようにしている。共同訳によると、この世の神は福音の光を見えないようにしている、と。いずれにせよ、福音の光が見えない、というのは、心に神さまの光がないからだ、神さまによって照らし出されていないからだ、というのでしょう。天地を創造し、光を創造された神さまは、わたしの心に、この福音の光を見るための光を創造してくださる、というのです。
 イエスさまを信じるということは、この福音の輝きを悟る光が与えられた、ということです。キリスト者は、この光をいただいた者です。この光をいただいたのでキリスト者とされたのです。
 聖書の最初に置かれている創世記は、森羅万象、すべての創造主であることを語りますが、その神さまはまた私が、キリストに出会い、キリストの光に照らし出され、キリストのご栄光を拝する者に新しく創造する神さまでもあるのです。

「ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(第二コリント5・17)

 創世記を学ぶことは、単に過去の出来事を学ぶのではなく、今を生きる自分自身の内になされている神さまの創造の働きを知ることなのです。
 キリストの御顔に輝く神の栄光を悟る。神さまが私の心にも与えてくださった光によって悟る。そのように私たちは招かれています。そのために、今日も私の内に新しい創造の御業を成してくださっています。