この小さい者たちの一人に

静まりの時 マタイ10・34~42
日付:2023年1月12日(木)

まことに、あなたがたに言います。わたしの弟子だからということで、この小さい者たちの一人に一杯の冷たい水でも飲ませる人は、決して報いを失うことがありません。」
(マタイ10・42)

 イエスさまは12人の弟子たちを遣わす時に、弟子たちに向かっていくつかのことを命じられました。弟子たちからすれば「はなむけ」の言葉をいただいた、伝道の旅を支える言葉をいただいたということでしょう。その最後の言葉がこの聖句です。

 もしこの言葉が弟子たち以外に語られたとすれば、少し印象が変わって来ます。弟子たち以外の人びとがこの言葉を聞いたなら、弟子たちに対して水をプレゼントすることで自分たちに報いがある、と聞くことになります。一所懸命弟子たちをもてなさなければならないということになりますから、ちょっと変な感じになります。
 これは、弟子たちに語られた言葉、なのです。今までイエスさまがいつも一緒にいて下さったけれども、この伝道の旅は自分たちだけで進んでいかなければならない、という不安と心細さのなかにあった弟子たちに向かって、励ましの言葉として語られたのです。

 弟子たちよ、あなたがたは確かにこの世界から見れば「小さい者」である、しかしその小さい者であるあなたがたに、水の一杯でも恵んでくれる人があるとすれば、その人が報いを失うことは決してないのだ、あなたがたは、この世では得ることのできない祝福を人びとに分け与えるために遣わされるのだ、胸を張って出発していきなさい・・・、ということでしょう。

 「小さい者」と言われています。その小ささを胸を張って生きていきなさい、ということでしょう。小ささに開き直って高慢になるのではありません。小さいからこそ、神さまの恵みがあふれているのです。弱く足りないからこそ、神さまのすばらしさが明らかにされるのです。