静まりの時 2022年5月7日(土)
エゼキエル18・30~32
「あなたがたが行ったすべての背きを、あなたがたの中から放り出せ。このようにして、新しい心と新しい霊を得よ。イスラエルの家よ、なぜ、あなたがたは死のうとするのか。わたしは、だれが死ぬのも喜ばない──神である主のことば──。だから立ち返って、生きよ。」
(エゼキエル18・31,32、新改訳2017)
「生きよ」。神さまは私たちが生きることをお望みです。死ぬのを喜ばれません。生きることを喜んでくださいます。
私たちが生きるために、私たちが行ったすべての背きを、私たちの中から放り出し、新しい心と新しい霊を得るように、神さまは私たちを招いていてくださいます。
私たちには、みずからの背きを放り出す力がありません。しかし主イエスさまの十字架と復活の愛に出会うとき、私たちは、自らの背きを放り出す者と造り変えられます。そうして生きる者とされるのです。イエスさまの十字架の愛に出会うことが、私たちに生きる道をひらきます。
生きる、ということは、新しい心と新しい霊をいただくことです。救われるということは、この新しい心と新しい霊をいただくことです。古いものは過ぎ去り、すべてが新しくされるのです(第2コリント5・17)。過去を引きずることから解放され、将来に向かって前進します。過去の栄光にすがることからも、過去の暗い蔭に足もとをとらわれることからも解放され、まさに来たらんとする前に向かって進みます。そうして生きる者とされるのです。
今日は備えの日。良い備えの一日を過ごし、明日の主の日にのぞみます。