彼らは年老いてもなお 実を実らせ 青々と生い茂ります

静まりの時 2022年3月17日(木)
詩篇92・1~15

「・・・正しい者は なつめ椰子の木のように萌え出で レバノンの杉のように育ちます。彼らは 主の家に植えられ 私たちの神の大庭で花を咲かせます。彼らは年老いてもなお 実を実らせ 青々と生い茂ります。・・・」

(詩篇92・12~14、新改訳2017)

 詩篇には、前文がついているものがあり、文語聖書や新改訳聖書では、その前文を一節には数えず、口語、新共同訳、共同訳2018では、原点マソラテキストの通りで、前文も一節と数えていますので、双方の節が一つずれています。
 「正しい者」とは、律法を忠実に守ることができた人、というよりも、神さまとの関係において正しい関係が築かれている人、ということでしょう。十戒で人を殺してはならない、という戒めが語られているにもかかわらず、敵を聖絶せよ、などという命令が語られていたりするわけですから。
 罪を犯さなければ生きることのできない私たちのために、神さまの方がその御手を差し伸べてくださり救ってくださいました。それがイエスさまの十字架と復活です。この神さまの愛の御業を信じて、受け入れ、神さまとの関係を正しくしていただいたことを感謝して、新しく生きる者は、なつめ椰子やレバノンの杉のように、燃え出で育つ、主の家に植えられ、神の大庭で花を咲かせる、年老いてもなお実を実らせ、青々と生い茂る、そのように、豊かな人生を生きることができる、と。
 今日も、神さまの愛の御手の中にあることを感謝して、一日を送りたいと思います。

 「彼らは年老いてもなお 実を実らせ 青々と生い茂ります」(14)は、新共同訳、共同訳2018、フランシスコ会訳では以下の通りです。

「白髪になってもなお実を結び 命に溢れ、いきいきとし」(15、新共同訳)。
「年老いてもなお実を結ぶ 命豊かに、青々として」(15、共同訳2018)。
「彼らは年老いてもなお実を結び、みずみずしく生気に満ち、」(15、フランシスコ会訳)。

 そしていずれもこの15節は16節に続く文章として訳されています。例えばフランシスコ会訳では16節は以下の通りです。
「主の正しいことを宣べ伝えます。主はわたしの岩。主には不正はありません』。」(16)

 年老いてもなお実を結ぶのは、ただ自分の人生を謳歌するというのではなくて、主の正しいことを宣べ伝えるためであると語っています。

 洗髪の後には一所懸命ヘアトニックでマッサージをしブローしているのですが、薄毛と白髪は順調に前進しています。いのちに溢れ、いきいきと、青々と、みずみずしく生気に満ちているとはいえない状況ですが、主の正しいことを宣べ伝え、主こそ私の岩である、と喜びと感謝に生き、いのちを全うしたいと願っています。

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 つくしを見つけました。