喜ばしい慰めを見いだすこと

静まりの時 2021年9月8日(水)

雨の後には輝かしい太陽が照り、試練の後には平穏な時がやって来ます。
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あなたは喜ばしい慰めを見いだすことなしに、心を注ぎ出すことも、神に近づくことも不可能であることを私は証言します。

C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、354頁ff

神さまの愛、神さまからの喜ばしい慰め。それが先行します。それを見いだすこと。そうしてはじめて神さまのもとに近づく、ということが可能となるのです。
神さまの愛、神さまからの喜ばしい慰めをいただくために、近づこうとすることもまた真理ではあります。しかし上記のように、それに先行してまず神さまの愛を見いだすのです。神さまからの愛を知ることのなかった時に、すでに神さまからの愛が注がれているのです。
ですから宣教は常に愛することが先行します。
パウロはコリントの信徒たちへの手紙を神さまへの賛美から始めました。それは神さまからの愛をともに確信すること、確認することが、すべての始まりであることを私たちに語っています。

昨日は、新型コロナワクチンの第一回接種を受けました。8月上旬に自治体での予約をしていたのですが、入院によってキャンセルをすることになりました。退院後早急に受けたいと思い予約をするのですが、私が予約をしようとするときには常に満杯で空きがありません。なんとか県の広域接種会場での予約をすることができ、昨日の接種となりました。病気で少し心配だったのですが、主治医は受けても大丈夫です、といってくださいました。またおそらく今の私の身体が新型コロナに感染すれば、重症化、そして死亡の確率はかなり高いであろうと思います。ワクチンを打って何かあっても、重症化や死亡よりはましであろうと思いました。
昨日、接種前に問診してくださった医師は、私の既往症を見て、自分は循環器系の医師であると自己紹介してくださいました。それだけで安心感がわきました。神さまはこんなところにも、心憎い配慮をしていてくださいました。
接種後、一夜明けて、少し接種したところに痛みがあります。これからさらに痛むのでしょうか。今のところはとりあえず大丈夫ですね。

また昨日は、オンラインで牧羊会に参加しました。静養中なのでやめようかとも思ったのですが、久しぶりに先生方のお顔も拝見したいと思い、参加となりました。最初に少し挨拶をさせていただいたのですが、体調はいかがですか、の問いにあまりちゃんと答えず好き勝手なことをしゃべってしまいました。が、それも私らしいな、と思いました。とにかく先生方のお祈りに感謝しています。今後ともよろしくお願いします。

「わたしたちの主イエス・キリストの父である神、慈愛に満ちた父、慰めを豊かにくださる神がほめたたえられますように。」(2コリント1・3)