神はあなたにくつわや手綱を着けたいと思ってはおられません。むしろ、ご自身の優しい目を用いて、あなたを導きたいと願っておられるのです。もしあなたがこの穏やかな導きを拒むなら、神はくつわや手綱を用いることになるでしょう。厳しい試練があなたを聖別することがないなら、もっと厳しい試練に襲われるかもしれません。
残念ながら私たちのほとんどは、子どもと同じ状態であることを忘れてはなりません。そのため、私たちはしばしば神の懲らしめを招いています。しかし、神の御言葉は悟りのない、頑なな私たちの心を和らげ、悔い改めへと導くのに十分な力をもっています。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、109頁f
2021年3月13日(土)
神さまは法則なるお方ではなく、人格的な存在です。ですから子どもを育てる親のように導こうとされます。私たちは人格を持った存在として神さまに向かい合うことになります。
「分別のない馬やらばのようにふるまうな。それはくつわと手綱で動きを抑えねばならない。そのようなものをあなたに近づけるな。」(詩編32・9)