静かにしている枝に

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静かに無力な姿で枝が鳥を待っていなければならないように、人の子よ、君も、聖霊が君をその居住場所、滞在場所として選ぶことをよしとされるまで、静かに待っているよりほかはない。しかし、鳥たちがとまるのは、動いている枝ではなく、ただ静かな枝の上だけである。静かにしていること―それが大切なのだ。

リュティ、『この日言葉をかの日に伝え』、194ページ
行伝2章2,3節

2012年06月03日(日)

鳥がとまるのは動いている枝ではなくただ静かな枝の上だけであるのです。そのように聖霊が注がれるところはただ静かにしている者の上である、ということなのです。

静かにすることの難しい現代。信仰に生きる道すら静かにすることが後回しになりがちです。

活動に先立ち静かにすること。

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