私はあなたの涙を覚えている

静まりの時 第二テモテ1・3~8
日付:2023年05月25日(木)

3 私は夜昼、祈りの中であなたのことを絶えず思い起こし、先祖がしてきたように、私もきよい良心をもって仕えている神に感謝しています。
4 私はあなたの涙を覚えているので、あなたに会って喜びに満たされたいと切望しています。
5 私はあなたのうちにある、偽りのない信仰を思い起こしています。その信仰は、最初あなたの祖母ロイスと母ユニケのうちに宿ったもので、それがあなたのうちにも宿っていると私は確信しています。
6 そういうわけで、私はあなたに思い起こしてほしいのです。私の按手によってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。
7 神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。
8 ですからあなたは、私たちの主を証しすることや、私が主の囚人であることを恥じてはいけません。むしろ、神の力によって、福音のために私と苦しみをともにしてください。
(第二テモテ1・3~8)

「私はあなたの涙を覚えているので、あなたに会って喜びに満たされたいと切望しています」(4)。

 涙を流す経験をしてきたテモテ。それがどのようなものであるのかわかりません。おそらく牧会上のさまざまな問題がその涙の原因であったと想像されます。
 使徒の働き16章3節を見ると、パウロはテモテを派遣するときに、割礼を受けさせています(使徒16章3節)。割礼を受けさせたのは「ユダヤ人たちのために」と書かれています。共同訳では「ユダヤ人の手前」。使徒15章であれだけ厳しく割礼など必要がないと主張したパウロが、ここでユダヤ人の手前割礼を受けさせた、というのです。
 それは教会に対するパウロの牧会配慮だと思いますが、同時にテモテに対する配慮でもあったのだと思います。福音宣教に出発するテモテが、枝葉のことでつまづくことがないように、とのパウロの愛なのだと思います。
 そのような配慮をいただいて出発したテモテ。しかし牧会宣教のなかで、涙を流す経験が重なりました。

 パウロは、テモテよ、あなたの涙を覚えている、と語ります。そしてその涙を経験したあなたに会って自分は喜びに満たされたいと切望している、といいます。パウロの喜びが、涙を経験したテモテによってもたらされる。テモテの涙は無駄な涙ではない。パウロの喜びを生み出すのです。おおよそ伝道者の涙は、ともに奉仕する同労者を励まし、喜びを生み出すのです。
 パウロは、テモテ以上に涙の経験をしてきました。ですからテモテとパウロの再会は、パウロは自分自身が喜びが満たされると語ってはいますが、それは同時にテモテの中にも喜びを生み出すであろうとパウロ自身が願っていることばなのだと思います。

 涙の経験は無駄ではないのです。ともに生きる人たちに喜びを生み出すのです。

「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました」(7)。

 この「慎みの霊」は、共同訳では「思慮の霊」。イエスさまを信じた者はすべて漏れることなくご聖霊さまが内住していてくださいます。その霊は、臆病の霊ではない、とパウロは語ります。自分の力で生きようとするならば、怖れに縛られます。しかし聖霊によって生きる者は、恐怖から解放されています。恐怖から解放されているということは、力の霊、愛の霊、慎み、思慮分別の霊をいただいています。力と愛と慎み、思慮分別に生きることができる、というのです。この「力」は、ギリシャ語でデュナミス。よく言われるようにダイナマイトの語源となった言葉です。
 自分の中には、力も愛も思慮分別もありません。しかしイエスさまを信じた時から、爆発的な力と愛と思慮に生きることができるようにしてくださったのです。

「ですからあなたは、私たちの主を証しすることや、私が主の囚人であることを恥じてはいけません。むしろ、神の力によって、福音のために私と苦しみをともにしてください」(8)。

 力と愛と慎みに生きる、生かされる者となったということは、福音のためにパウロと苦しみをともにするように招かれているということです。イエスさまを証しすること。イエスさまに囚われていること。それはパウロにとっては文字通り牢獄に囚われている、ということでした。私たちにとってみれば、信仰に生きるときに、この世のさまざまな縄目を経験するということでしょうか。そうして苦しみをともにする。
 今経験しようとしている苦しみは、福音のためである。福音のためである、ということは、イエスさまのためである。イエスさまのためであれば、それは決して無駄な苦しみではない。むしろ多くの喜びを生み出すこととなる苦しみである。それは力と愛と慎みに生きる者となった新しい生き方だ、と。
 パウロと苦しみをともにする。それはまた二千年の教会に生きたキリスト者と苦しみを共にする、ということでもあるでしょう。私たちの経験する苦しみ、涙の経験は、人の知らないものではありません。喜びを生み出す種のようなものと信じたいと思います。

 5月は税金の季節ですが(笑)、団体財務委員会としては地方税の新しいシーズンに入る時期でもあります。先生方が在住しておられる市町村から地方税の源泉徴収のために書類が送られてきます。今週の初めにそれらが揃いましたので、新しい給与明細書を作成し各教会、先生方に送付しました。先生方が安心して牧会宣教に専念できるように財務委員会としての使命を覚えます。

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 食卓に不思議な花が飾られていたのですが、これもドクダミだそうです。

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麦も黄金色に色づき来月には収穫でしょうか。稲も分げつを始めています。