ついて行く人たちは恐れを覚えた

静まりの時 マルコ10・32~34
日付:2023年02月15日(水)

さて、一行はエルサレムに上る途上にあった。イエスは弟子たちの先に立って行かれた。弟子たちは驚き、ついて行く人たちは恐れを覚えた。すると、イエスは再び十二人をそばに呼んで、ご自分に起ころうとしていることを話し始められた。
「ご覧なさい。わたしたちはエルサレムに上って行きます。そして、人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡されます。彼らは人の子を死刑に定め、異邦人に引き渡します。異邦人は人の子を嘲り、唾をかけ、むちで打ち、殺します。しかし、人の子は三日後によみがえります。」
(マルコ10・32~34)

 イエスさまがご自身の十字架と復活のお話しをされたのはこれで三度目となります(マルコ8・31~、9・30~、)。3回だけなさったというよりも、たびたびされていたと考えてもよいと思います。この時のイエスさまは、まっすぐにエルサレムを目指されています。そのエルサレムで、今までお話しされてきたその十字架と復活の出来事が、まもなく起こるのだろうか、と弟子たちは思えたことでしょう。
 イエスさまは弟子たちの先頭に立って行かれます。弟子たちは、その姿を見て驚きました。そして恐れを覚えました。

 「ついて行く人たちは恐れを覚えた」。共同訳では「従う者たちは恐れた」。自分たちの先頭に立って力強くエルサレムに、すなわち十字架と復活に進んで行かれるイエスさまのお姿に驚き恐れたのですが、ここに「ついて行く人たち」「従う者たち」は恐れた、と聖書は語ります。ついて行こうとしない、従おうとしない者にとっては、十字架に向かうイエスさまの姿は恐れるものではなかったのです。ついて行こうとする者たち、イエスさまに従おうとする者たちだけが、この十字架と復活に向かうイエスさまのお姿に、恐れを抱くことができたのです。

 恐れ。それは恐怖です。しかしギリシャ語の恐れを意味する「フォボス」という言葉は、「畏れ」、すなわち畏怖の念を持つ、という意味でも使われています。日本語の「おそれ」と同じですね。恐怖と畏怖は違うものです。そこに愛があるかないか。おそらくいたずらな恐怖の中には愛はありませんが、畏怖の念の中には愛があるのだと思います。しかし、その違いはそんなに明確なものではないように思います。畏怖の念の中にも恐怖がありますし、恐怖の中にも畏怖の念があるように思います。
 教会で礼拝を献げるときに、そこに畏怖の念が必要です。またそのような「畏れ」が育つことを教会は大切に考えています。どうすればそのような礼拝の心が育つのか。培うことが出来るのか。学ぶことが出来るのか。自分の中にはそのような心が育っているだろうか。などと考えます。
 「ついて行く人たちは恐れを覚えた」。従う者たちは恐れた(畏れた)、というのです。従おうとしないものには、恐れ(畏れ)は育たないということでしょう。
 私たちは罪びとでした。罪の奴隷でした。しかし信仰をいただいてまことの自由をいただきました。この自由は、放縦ではありません。やりたい放題、傍若無人になることではありません。従う者、仕える者になる、ということです。そこに本当の自由があります。その自由に生きるために、私たちは自分の中に神さまへの「畏れ」を育てなければなりません。そのために、主に従う、という生き方が大切なこととなるのです。主に従うことを学ぶ。その中に畏れの心は育っていくのです。

 退院後のリハビリのために室内自転車を買いました。心筋梗塞などの病後は、かつては安静が基本だったそうですが、現代では心臓リハビリテーションが推奨されています。30分間、負荷をかけて自転車こぎをすることが日課となり1年と半年が過ぎました。人間の筋肉は、横紋筋と平滑筋できている部分に分けることができるそうですが、心臓は両者を兼ね備えている筋肉とのこと。運動で強くすることができるそうです。室内自転車は、運動量や心拍数が運動中も観察できるので安心です。この室内自転車。買って1年ぐらいたったころからか、異音、がするようになりました。昨日サービスマンが来て修理してくださいました。メーカー保証の1年は過ぎていたのですが、販売店の3年保証がきいて、無料での出張修理です。よかったです。
 早速漕ぎ始めて気づいたのは、あれ、こんなにペダルが重たかっただろうか、ということでした。異音がしていたのは、やはりモーターの故障で、負荷のかかりが少なかったのですね。前回の検診時に、CP値が高かったのです。主治医は気にすることない、と言われましたが、ちょっと運動のやりすぎではないかと思うようになり、今は毎日ではなく1日をあけるようにしています。毎日の自転車こぎは、この室内自転車には、ちょっと酷なことだったのかもしれません。
 今朝、駐車場は雪で真っ白になりました。日中も気温が上がらないようです。