四十日にわたって彼らに現れ、神の国のことを語られた

静まりの時 2022年5月19日(木)
使徒1・3~5

「イエスは苦しみを受けた後、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。四十日にわたって彼らに現れ、神の国のことを語られた。
  使徒たちと一緒にいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。『エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けましたが、あなたがたは間もなく、聖霊によるバプテスマを授けられるからです。』」

(使徒1・3~5、新改訳2017)

 復活されたイエスさまは、弟子たちと共に40日を過ごされました。40という数字は、かつてイスラエルがエジプトから出発して荒野をさまよった40年、あるいはイエスさまが宣教をはじめられてすぐに悪魔の誘惑を受けられた40日を想像させます。いずれも苦難の「40」でした。しかしここにはまったく新しい、喜びの40日が記されています。復活の主とともに歩む信仰生活は、かつての苦難を喜びに変えていただけるのです。

 ある先生は、この40日は人類史上特別な40日である、と語られました。十字架に架かり死なれ葬られた方が、復活されたのです。その復活された方がこの地上を歩まれたのです。そしてご自分が生きていることを数多くの確かな証拠をもって示されたのです。弟子たちにとっては夢のような恵みの日々だったと思います。
 この夢のような恵みの日々に、イエスさまがなされたことは、「神の国のこと」を「語られた」ことでした。それはイエスさまが宣教を開始されて十字架に架かられる期間になされたことと同じことです。福音書において語られた言葉が、この40日間にもイエスさまから語られました。
 「語られる」イエスさま。その言葉を「聞く」弟子たち。教会はその後も、聖書の言葉が語られ、それが聞かれるところに神の国の前進を確かにしてきました。

 「使徒たちと一緒にいるとき」。共同訳2018では「食事を共にしているとき」。イエスさまと一緒にいる、ということと、食事をともにする、ということが重なっています。愛餐の時、そして聖餐の時を思います。
 その時イエスさまからなされた命令は、エルサレムを離れないこと、そこでイエスさまから語られた父の約束を待つこと、その約束とは、聖霊によってバプテスマを授けられること、でした。このバプテスマは、バプテスマのヨハネが授けた水のバプテスマとは違う全く新しいものである、と語られました。それで弟子たちは、イエスさまの昇天の後も、エルサレムでひたすら祈りの日々と過ごしました。

 神さまの約束の時を待つ。復活されたイエスさまとの恵みの40日の後、神さまの約束を待つ日々が始まりました。結果的にそれは10日間でした。しかしその間、それが10日であるということを誰も知りません。最初から10日たてば聖霊のバプテスマが授けられる、ということでしたら待ちやすかったかもしれませんが、それが分からない中に彼らは待ち望む祈りの日々を過ごしたのです。そのような彼らを支えたのは、さきの40日の恵みの日々だったのかもしれません。
 果たしてイエスさまの昇天から数えて10日目に、聖霊は弟子たちの想像を越えた形で弟子たちの上に下りました(2章)。そこから宣教が新しく開始されます。

 「聖霊のバプテスマ」は、少し注釈の必要な言葉である、と思います。

 まずこの使徒1章でイエスさまが約束された「聖霊によるバプテスマ(聖霊のバプテスマ)」は、2章において成就していると理解できるでしょう。使徒2章で実現したことは、

「彼らは驚き、不思議に思って言った。『見なさい。話しているこの人たちはみな、ガリラヤの人ではないか。それなのに、私たちそれぞれが生まれた国のことばで話を聞くとは、いったいどうしたことか。・・・・・・」(使徒2・7~11)。

 つまり、聖霊がくだったことで、言葉の壁がなくなった。それによって互いにコミュニケーションが取れるようになり、それがさらにさまざまな「壁」を越えることにつながった、ということでしょう。
 そもそも言葉に違いが生まれたのは、創世記11章のバベルの塔の出来事でした。神さまを見失った人間の高慢が、互いのコミュニケーションを失わせたのです。それが聖霊降臨によって回復したということでしょう。ですから、聖霊によるバプテスマが授けられる、ということは、人間の高慢が砕かれ、互いのコミュニケーションが回復する、ということを意味しています。互いに謙遜になって、相手を自分よりもすぐれた者と見ていくことができるようになる、それが聖霊のバプテスマを受けることのビジョンなのです。

 使徒の働きの中で、このあと聖霊のバプテスマが「異言」を伴ってことさら強調される個所は、10章46節、19章6節ですが、それはいずれも異邦人伝道がテーマとなっているところです。この個所での「異言」は、さきの使徒2章の「他国の言葉」とは区別して考える必要があるでしょう。
 ユダヤ人キリスト者にとっては、当初全く受け入れることのできなかった「異邦人の救い」という画期的な出来事の場面で、人間の理解を超えた現象を伴いながら力強く福音が前進していった様子を聖書は伝えているのだと思います。
 このほかに新約聖書において「異言」という言葉が登場するのは、第一コリント12~14章です。人間の理解を超えた現象が、やがて教会の中で「特別な賜物」ともてはやされるようになり、混乱を生み出していきました。人間というのはどこまでも罪びとであって、神さまがせっかく与えてくださった特別な賜物さえも、ふたたびバベルの塔の出来事をほうふつされるような問題を生み出していくのです。

 さて私たちが、あの歴史的な決定的なときに授けていただいた洗礼とはいったいなんであったのか。私は、あの40年前にマケリゴット先生より、琵琶湖畔で授けていただいた「洗礼」こそ、聖霊のバプテスマである、と信じています。牧師が「父と子と聖霊のバプテスマを授けます」と、手を置いて宣言してくださり、水という物素を用いて行って下さった「洗礼式」こそ、聖霊のバプテスマのときだったのです。ですから、「あなたは聖霊のバプテスマを授けられましたか」との問いがなされたならば、「はい、私は何年何月何日に、何々牧師から、何々教会において、洗礼を授けていただきました」と胸を張って応えればよいと考えています。「いえいえ、水のバプテスマのことではなく、異言を伴うバプテスマのことですよ」といわれたならばちょっと困ってしまいます。異言は素晴らしい賜物の一つだと思いますが、礼拝で奏楽をしてくださる賜物や週毎に会堂掃除をしてくださる奉仕の賜物と何ら変わることのない賜物の一つです。いずれも素晴らしい賜物ですが、それによって何者かになったかのようなことではありません。互いの徳を高めるために賜物は与えられるのです。
 もし後者の異言を、使徒2章の他国の言葉と重ねて理解するならば、まちがってもその異言が原因となって教会の中に壁ができたり、分裂が起こったりということはないはずでしょう。聖霊に満たされた人とは互いに仕えることのできる謙遜な人のことだと思います。