静まりの時 2021年8月22日(日)
愛するみなさん、この苦難と苦境から豊かな果実が収穫されます。苦難の的になっているキリスト者はこの試練を経験することによって、むしろ大きな喜びを得ることができるようになります。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、330頁ff
苦難を経験することによって、大きな喜びを得ることができる、といいます。いたずらに苦難を求めるべきではありません。私たちは弱く小さな人間であることをわきまえていましょう。しかしそれでも人生には苦難がやって来ます。苦難は誰でも「体験」します。しかしそれを「経験」にするとき、大きな喜びを得ることができるのです。体験を経験とする。それはなかなか難しいことですが、信仰の道はは、体験を経験とすることのできる道であると思います。
今日は、主の日、礼拝の日です。主のまえに静まり、主への賛美を献げ、祈りをし、み言葉の備えをいただき新しい一週間に出発します。まだまだ人にお出会いすることが体力的に難しいのですが、先週に続き礼拝堂の端にそっと礼拝者として座っていたいと思います。
昨日は、図書館まで、約2キロほどですが、歩くことができました。休み休み、深呼吸をしながら。帰りもゆっくりと歩くことができ、合計4キロを歩けたことになります。帰宅後も、呼吸を整えるためにしばらくじっとしていたのですが、しんどくなることがありませんでした。感謝です。少しずつ前進しています。
「わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。」(ヨハネ15・2)