たとえ悲惨な死を迎えなければならず、また、希望が何も残されていないように見えても、私は一人の王、あるいは一人の皇帝であることよりも、むしろ一人のキリスト者であること、また一人の卑しい牧師であることを選びます。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、104頁ff
2021年3月10日(水)
信仰に生きるということは、どんなときにも希望に生きるということです。
「主を待ち望め 雄々しくあれ、心を強くせよ。主を待ち望め。」(詩編27・14)
たとえ悲惨な死を迎えなければならず、また、希望が何も残されていないように見えても、私は一人の王、あるいは一人の皇帝であることよりも、むしろ一人のキリスト者であること、また一人の卑しい牧師であることを選びます。
C・H・スポルジョン、『いこいの水のほとりにて』、104頁ff
2021年3月10日(水)
信仰に生きるということは、どんなときにも希望に生きるということです。
「主を待ち望め 雄々しくあれ、心を強くせよ。主を待ち望め。」(詩編27・14)