肉体の結合に根ざす結婚の聖さ

夫は、キリストが教会のために自分を犠牲とされたように、自分を妻に与えきって、これを愛しなさい、とまで言う。教会が主イエスに仕えきるように、妻は夫に仕えるようにと言う。夫婦がひとつのからだとなるように、キリストと教会はひとつのからだだと言う。これほどまでに結婚の聖さ、肉体の結合に根ざす結婚の聖さを、現代人は、よく知っているのであろうか。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、315頁

2020年10月24日(土)

結婚の聖さ。聖さとは、純潔とは純粋、倫理に反しないこと、といったことを想像しますが、何よりも「神さまのもの」である、ということが聖さの意味です。人間の都合、人間の考え、人間が良いと思ったことに根ざすのではなく、それらを越えていること。神さまのこと、神さまの領域のこと、であるということなのです。神秘がつきまとうということ、畏れがある、ということなのです。

「『それゆえ、人は父と母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。』この神秘は偉大です。わたしは、キリストと教会について述べているのです。いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。妻は夫を敬いなさい。」(エフェソ5・31~33)