これをまず暗唱できるようにしてもらいたい。そしてそれを、毎日、自分のこころに語り聞かせてもらいたい。そうすれば、このみ言葉が、それだけよく自分にも通じる言葉となり、日々なお一層学ぶことができる。・・・あなたが滅びないために。永遠のいのちに生きるために。私は私自身に常にこれを語り聞かせる説教者となって生きるのである。
加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、193頁
2020年6月30日(火)
聖書のことばは、身体全体で聞き取って行くことが大切なのでしょう。ただ頭で理解するだけでは、本当に分かったということにならないということなのでしょう。
たとえば「1+1=2」ということは、頭で理解することで、心や体で理解することではないように思います。しかし誰かに愛されているということは、頭だけではなく、心も体も総動員して受け止めることだと思います。そして日々その言葉を深めていくことだと思います。種が蒔かれ芽が出て成長し、花が咲き実がなるように、蒔かれたみ言葉が、私において芽が出、成長し、花が咲き実がなるまでに、聞きとっていくのです。神さまに愛されているということこそ、そのように私たちは聞きとっていかなければなりません。ですから私たちは毎週、毎日、同じ言葉を聞き続ける必要があるのです。
「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」(ヨハネ3・16)