憎しんでしまう現実を見据える

神が与えてくださった律法は私たちを喜ばせる。このような生活を望んでくださると考えただけで感激する。しかし、それだけに、それに反抗するもうひとりの自分がいることをも知る。神の律法の通りに生きることができない。・・・神を愛し、自分を愛するように隣人を愛することができず、むしろ、憎しんでしまう現実を見据える。このように激しく現実を見据え、しかも悲しみを知ることができるのは、主イエス・キリストを知ったときのみではなかろうか。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、84頁

2020年3月17日(火)

私たちは、自分の罪を正視できないのです。しかしキリストに出会ってそれが可能な道に生かされるようになりました。そうして律法に生きる喜びを知るのです。

「『内なる人』としては神の律法を喜んでいますが、わたしの五体にはもう一つの法則があって心の法則と戦い、わたしを、五体の内にある罪の法則のとりこにしているのが分かります。わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。」(ローマ7・22-24)