預言者は罪の闇を直視する

預言者は罪の闇を直視する。私たちには、なかなか、それができない。そのためにも預言書を読む。・・・咎を知ったら、闇にうずくまらずに出ていくよりほかはない。罪人のひとりと数えられ、「背いた者のために執り成しを」してくださった「この人」のところに赴くために。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、82頁

2020年3月15日(日)

自分の罪を知ること。あるいは自分が罪びとであることを知ること。人生の祝福の鍵です。しかし私たちにはこれができないのです。これができないことが人生の悲惨を招いているのです。主イエスさまのところに行き、罪人のひとりと数えられてくださったこのお方の前に膝まづくことによってのみ、自分の罪が何であり、自分が罪びとであるということを知ることができます。十字架のもとこそ新しい出発をもたらして下さるところです。

「御前に、わたしたちの背きの罪は重く/わたしたち自身の罪が不利な証言をする。背きの罪はわたしたちと共にあり/わたしたちは自分の咎を知っている。」(イザヤ59・12)