私たちは日々、隣人を殺しているのではないか

実際に手をかけなくても、私たちは日々、隣人を殺しているのではないか。あんなひとがいなければ、自分の人生はどれほど平安であろうかと、こころのなかで何人も殺しているのではないか。現代は、神を否定し、愛を否定することによって、ひとを殺しているのではないか。

加藤常昭、『み言葉の放つ光に生かされ』、40頁

2020年2月3日(月)

実際に殺人を犯すことは、もちろんゆるされることではありませんが、実際には手を下さなくても心の中で憎しみをいだくならば、それは殺人と同じであると聖書は語ります。しかし憎しみをいだかないということが、果たして人間に可能なのだろうか、と思います。少なくとも私に関していえば不可能であると言わざるを得ません。キリストの十字架と復活の赦し無くして、生きていけない存在であることが自覚させられます。

「兄弟を憎む者は皆、人殺しです。あなたがたの知っているとおり、すべて人殺しには永遠の命がとどまっていません。」(第一ヨハネ3・15)