私たちは、本当の意味で自己を捨てなければなりません。
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その第一歩は自分のことをまったく忘れようとつとめること。
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社会生活においても、自分が他人にどんな印象を与えるか気にしないようにならなくては、いい印象など与えるわけがありません。文学や芸術においても、独創性を発揮しようとやきもきする者には独創的なものをつくりだすことはできません。
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自己を捨てるなら、あなたは真の自己を見出すでしょう。
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自分自身を求めるなら、あなたは結局のところ、憎しみと孤独と絶望と怒りと滅びと腐朽を見出すだけでしょう。しかしキリストを求めるなら、あなたはキリストを、さらに万物を見出すでしょう。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、495-496頁
2019年12月20日(金)
自己を捨てることとは、まず自己を忘れることである、といいます。そうすれば、かえって自己を見いだすことができる、手に入れることができる、というのです。私たちが自己を見失ってしまうのは、自己に執着しているからなのです。
「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのため、また福音のために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。」(マルコ8・34-36)