最古の神聖な真理の伝達手段となるべく神によって選ばれた神話

事実の面から言いますと、神は長い準備期間の後に、人間として受肉なさいました。ちょうどそれと同じように、文書の面においても真理はまず神話的な形で現れ、ついで長期にわたる凝縮と集中化を経た後に、ついに歴史として受肉するにいたったのです。
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ヘブル民族も他の民族と同様に神話をもっていました。しかし彼らが選民であったように、彼らの神話もまた選ばれた神話でありました。それは最古の神聖な真理の伝達手段となるべく神によって選ばれた神話、新約聖書において終る過程の第一段階だったのです。新約聖書において、真理はまったき意味で歴史的となったのです。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、496-497頁

2019年12月21日(土)

神話は作り話であってそこには真理はないといわれることがあります。これは神話ということばに対する誤解、また聖書に対する誤解ではないかと思います。神話の中には大切な真理が語られているのです。

聖書がいわゆるお筆先のようなもの、あるいは天から超自然的に降ってきたものであるならば、確かにそれが人間の創作したものといわれることについては大いに反感を持つことになるでしょう。しかし聖書はそのようなものではなく、神さまの霊感よって人間が書いたものであると聖書自身が語っています。またイエスさまのことを書こうとするならば、書ききることができない、つまり書かれたことは使徒たちが選択して記したものであるということでしょう。

ですから神話だといって作り話だ、真理はない、というのでも、逆にあらゆる科学的な知識に照らしても一字一句正確なことが書かれているとしてひいきの引き倒しのようなことをするのでもなく、冷静に、生きて働いておられる神さまを見上げながら読んでいくのが、聖書を読むにおいて大切なことだと思います。

「神は、かつて預言者たちによって、多くのかたちで、また多くのしかたで先祖に語られたが、この終わりの時代には、御子によってわたしたちに語られました。神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。」(ヘブライ1・1,2)