唯物論者にとっては、国家と階級、そして文明は、個人より必然的に重要です。なぜなら、個人は七十数年しか生きませんが、集団は数世紀にわたって存続するかもしれないからです。しかしクリスチャンにとっては、個人は集団よりはるかに重要です。個人は永遠に生きるからです。人種や文明は人間そのものにくらべるとき、たった一日の生命しかもっていないと言ってもいいくらいです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、462-463頁
2019年11月25日(月)
人間は罪のために滅びてしまう者となりました。しかし主イエスさまは十字架と復活によって、罪のいっさいが赦され永遠のいのちに生きる道を開いて下さいました。この主イエスさまを信じる者は、永遠の刑罰の中に滅びるものから、神さまの愛の御手の中に永遠に生きるものとされました。イエスさまを信じる者は、つねにこの永遠を視野に入れて生きるものとされたのです。
「あなたの庭で過ごす一日は千日にまさる恵みです。主に逆らう者の天幕で長らえるよりは/わたしの神の家の門口に立っているのを選びます。」(詩編84・11)