人間の霊は、すべてがうまくいっているように思われるかぎり、自分の意志を差出そうなどとは考えもしないでしょう。
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苦痛はただちにそれと認められる悪であるばかりでなく、とうてい無視しえぬ悪です。・・・苦痛は執拗に、私たちの関心を要求します。神は喜びにおいて私たちにささやきかけ、良心において語りかけたまいます。しかし苦痛においては激しい声で呼びかけたもうのです。苦痛は耳を閉ざしている世界を呼び覚まそうとする、神のメガホンです。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、374-375頁
2019年9月25日(水)
苦しみそのものは悪なのだと思います。苦しみなどない方がよいのですから。しかし苦しみがないと私たちは自分が滅びに向かっているということが分かりません。病にかかっているのに痛みや苦しみがないならば、治療に向かうことはないでしょう。神さまは苦痛によって語りかけていてくださるのです。それも大声で語りかけていてくださるのです。
「彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。」(ヨブ2・13)
「わたしの救い、わたしの主よ/すぐにわたしを助けてください。」(詩篇38・23)