光線そのものを直視する

光線を脇から、それにそって見るのと、光線そのものを直視するのとは、まったく異なった経験です。

『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、300-301頁

2019年8月1日(木)

光線を横から見ていると、光線が照らし出すちりやほこりばかりが見えますが、光線そのものを見ると、まず目がくらみ見えなくなります。しばらくすると「9千マイルかなたに輝く日輪」が見えるとルイスは語ります。
光である神さまにお出会いするならば、神さまご自身の光の中にすべてのものは消え、ただひたすら感謝と喜びがあるのではないかと思えてきます。

「ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、『サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか』と呼びかける声を聞いた。『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。』同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。」(使徒9・3-8)