友情をまったく体験することなしに人生の旅を続ける人がしばしばいるのは、友情を愛情(アフェクション)や恋愛(エロス)とはっきり異ならしめている一つの事実に原因があるのです。
友情は最も自然的でない愛です(もちろん、友情をけなしてこう言っているのではありません)。友情は本能に根ざすものではなく、人間のうちに本来あるもの、生物学的必然に根ざすものでもありません。
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アフェクションやエロスは私たちの神経組織と深い関係がありますし、獣の間にもこうした愛が見られることはあまりにも明らかです。・・・しかし友情という、自然に選択された関係の世界、明澄な、静謐な、理性的な世界においては、人間はそうしたすべてから遠ざかることができました。あらゆる愛のうち、友情だけが人を、神々や天使の次元へと引き上げてくれるように思われたのでした。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、238-239頁
2019年6月17日(月)
友情という愛を自分は果たしてもっているだろうか、と思いました。友情という愛を育てていきたいと思います。
「そして、毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美していたので、民衆全体から好意を寄せられた。こうして、主は救われる人々を日々仲間に加え一つにされたのである。」(使徒2・46-47)