以前、哲学書や詩集のなかで、悪魔どもを目のあたりに見ることこそ、地獄の最も恐ろしい苛責の一つであると読んだことがある。それまではいささか古風な想像にすぎぬとかたづけていた。
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正視すること自体、地獄落ちという顔がこの世にありうるということは、子どもなら、誰でも容易に理解するだろう。子どもたち、詩人、哲学者―彼らこそ、正しい。すべての世界をみそなわす気高い顔、一目見るだけでもえもいわれぬ喜びを与える顔があるように、すべての世界の底の底には、一目見ただけで癒されることのない悲惨をもたらす顔が待ちうけている。『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、216頁
2019年6月1日(土)
目に見えるものではなく、目に見えないものを見る。そのことがこの近代世界にあってどんなに愚かなことであるかのようにいわれても、目に見えないものこそ永遠なのです。
「だれを恐れるべきか、教えよう。それは、殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ。そうだ。言っておくが、この方を恐れなさい。」(ルカ12・5)
「そのような知恵は、上から出たものではなく、地上のもの、この世のもの、悪魔から出たものです。」(ヤコブ3・15)