創造のわざはもともと、苦悩と疎外、そして十字架まで含まれていたのではないかと思うのです。とはいえ、ただ一人の正しい審判者は、はるかな終末における完成にそれだけの価値があると判断なさったのです。
『影の国に別れを告げて―C.S.ルイスの一日一章』、中村妙子 訳、138-140頁
2019年4月7日(日)
神さまは悪を創造されたわけではないでしょう。創造のみわざが愛であるかぎり、そこには自由な意思も存在しなければなりません。罪を犯してしまう自由もあるということの中で、罪を犯さないという選択をすることには、苦悩が伴います。自由な意思があるということは、苦悩と疎外、十字架まで含まれているということなのでしょう。
十字架がなければ、愛も存在できないということなのでしょう。
「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。」(創世記1・1-2)