正と不正の中を、完全なもの、不完全なものの中を、今に至るまであなたは導いてきてくださいました。そしてわれらは、自分たちがあなたのものであることを意識しつつ、すべて手をたずさえて立っています。
C.ブルームハルト、『夕べの祈り』、加藤常昭 訳、64頁
〔義に飢え渇く人々は、幸いである、/その人たちは満たされる。〕(マタイ5・6)
2018年3月13日(火)
義に飢え渇く。そのような経験をするためには、生かされているところが生と不正の中、完全なものと不完全なものとの中にあることを知っていなければなりません。そしてそのような中を、神さまが導いておられることを知っていなければなりません。
私たちの人生が難しくなってしまう原因のひとつに、このことがわかっていないということがあるのではないかと思います。
義に飢え渇くとき、私たちは幸いの中に生かされています。それは神さまが満たしてくださることを教えられるからです。神さま以外の何かによって満たされるというのでは、幸いはわかっていないことになります。神さまが満たしてくださる、そのことを学ぶためには、たえず正と不正の中を、完全なもの、不完全なものの中を、生き抜く愛が必要でしょう。