よく死ぬために祈る
2016年5月14日(土)「死は恐くないけれど、死ぬことが恐い」と多くの人が言います。これはごくもっともなことです。というのも、死んでいくことは、病気であったり、苦痛であったり、人の世話になったり、一人ぼっちとなることだからです。
死ぬ恐怖は決して恥ずべきものではありません。それはあらゆる人間の恐れの中で最も人間的なものです。
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イエスと同じように、新しいいのちに到る大路を切り開く特別の勇気が与えられるように祈らねばなりません。そうすれば、イエスに送ってくださったように、神は私たちにも励ますためにみ使いを送ってくださることが信じられるでしょう。ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
178頁。
死の恐怖とは、死そのものの恐怖もさることながら、死んでいくこと、死に至る一歩一歩の道に対する恐怖であるとナウエンはいいます。
毎日事故や災害で突然の死を迎えた方々のことが報道されています。その苦痛を想像します。また家族の痛みを想像します。その苦痛は想像を越えたものだと思います。
しかしそれ以上に、日々回復の見込みのない病気の中で苦悶している人、病気の痛みだけではなく、医療や介護費用による経済的な不安の中にある人、そのような中に放り込まれたことから、今まであったいくつかの人間関係に亀裂が入ってしまった人、そうして一人ぼっちの人。そこにはさまざまな死に向かうところに生れる苦痛があります。
このような苦痛に対処するには、祈りのほかありません。「新しいいのちに到る大路を切り開く特別の勇気が与えられるように」祈るのです。
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