権威と服従

執筆者:

カテゴリ:

権威と服従
2016年4月11日(月)

ある人々があらゆる権威を持つ一方で、他の人々は従うだけ、というように権威と服従とを切り離すことは決してできません。このように引き離してしまうと、一方は権威主義的な態度、もう一方には他人に言われるがままに従う態度が生まれてきます。
・・・
イエスは偉大な権威をもって語られました。同時に、イエスは全生涯を御父への完全な従順の内に送られました。
・・・
自分自身に尋ねてみようではありませんか。従順の内に権威ある生活を送っていますか。また権威をもって従順な生活を生きていますか。

ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
143頁。

権威と従順をあわせ持つ生き方が大切であるということでしょう。

神さまへの畏のない宗教家の権威は危険です。これ自体矛盾しているのですが、現実に起こっています。このような宗教家は自分自身が神になってしまっていると言えるでしょう。
真実の宗教は、宗教家を神にしない、ところにあります。常に神さまに従うという従順のある所に、真実な宗教家が生まれるのです。

信仰者は、指導者に盲目的に隷属してはいけません。従順と言いつつ、隷属なのです。それはある意味で楽な生き方です。自分で決定する必要がなく、自分で責任を取る必要がないからです。しかし人生の真実はそこにはありません。
自分自身が神さまにお出会いし、聖書のお言葉に学び、神さまの健やかな権威をもって何ものをも恐れない、同時に神さまを畏れるところに真の信仰者の道があります。

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA