宗教指導者を愛する
2016年4月10日(日)私たちは、宗教指導者がその祈りや教え、導きを通して私たちをより神に近づけてくれることを期待しています。そのため私たちは宗教指導者たちの行動を注意深く観察し、その発言に批判的な耳をかたむけます。しかしほとんどそれと気づかずに、彼らにスーパーマンであってほしいと望んでいる。まさにそのために彼らが私たちを同じような人間であることが判明すると、私たちは簡単に失望し、裏切られたようにさえ感じてしまいます。こうして私たちの絶対的な賞讃は、すぐに容赦のない怒りに変わってしまいます。
私たちの宗教指導者を愛そうではありませんか。彼らのあやまちを許し、兄弟姉妹として見ようではありませんか。そうすれば彼らはその不完全さのゆえに傷ついた人であるからこそ、私たちを神のお心近くへと導くことが出来るでしょう。
ヘンリ J.M.ナウエン、『今日のパン、明日の糧―Bread for the Journey』
監修者・嶋本操、訳者・河田正雄、
聖公会出版、2001年11月22日第1刷発行、2015年1月17日改訂版第4刷発行、
142頁。
牧師へのいたずらな賞讃は、すぐに容赦のない怒りに変わります。もともと傷つきやすい人間なのですから、この怒りの中で牧師たちはいのちを失っていきます。牧師たちこそ愛を必要としている存在なのです。
完全で傷を知らない人に導かれると、往々にして神さまではなく、そのスーパーマンのような人に惹きつけられることになってしまいます。その先にあるのは滅びです。
完全な人、傷を知らない人が私たちを導くことが出来るのではありません。不完全で、それゆえに傷ついた人であるからこそ、私たちを神さまへと導くことが出来るのです。
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