「生命に本末あり。其本立って其末栄え、其末栄えて其本尊し。二而一なり。永遠に程度ありて其程度永遠に亘る。其本を以て支葉を軽んずべからず。其支葉を以て根本を忘るべからず。
生命は一元にして萬支を有し、萬差ありて帰一せざるはなし。」新井奥邃、『聖言』、197
「生命には根本と末梢がある。その根本が成り立ってこそ、その末梢が繁栄し、その末梢が繁栄してこそ、その根本は尊いのである。この二つは一つである。永遠にもころあいがあり、そのころあいは永遠に及んでいる。その根本のために、枝葉を軽んじてはいけない。その枝葉のために、根本を忘れていはならない。
生命は唯一のものを根源にしつつ、すべてのものを有し、さまざまな違いがありつつも、ひとつに帰すものである。」
私たちはみな命を生きています。この命を生きていることを人生といいます。一人の人の人生には、さまざまな場面があり、季節があります。しかしその大本は一つです。みな神さまによって造られた人であり、神さまによって始められた人生です。
人生の土台をしっかりとし、その始まりを確かにすることは、人生のさまざまな実りをもたらす基本です。人間はただ生きているのではなく、神さまによって生かされています。その根本を大切にすることが、豊かな人生の秘訣なのです。
人生の根本を確かにすると、人生の枝葉末節を大切に生きることができます。朝の挨拶、一日の感謝、食膳の感謝、隣人への感謝などなど、人生の根本を確かにしたものだけが、その実を生きることができます。また人生の枝葉末節を大切にすることが、人生の根本を確かにすることに結びつくのです。
〔聖書の個所〕
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
(伝道者の書12章1節)
また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
(黙示録21章6~7節)
コメントを残す