「悦べよ、喜べよ、憂ふる勿れ。今夜闇しと雖も明旦は則ち明かなり。」
新井奥邃、『聖言』、200
「悦ぼう。喜ぼう。憂えてはいけない。この夜がどんなに暗くても、明日の朝、その時は明白である。」
イエスさまが十字架にかかれたのが金曜日の朝9時、息を引き取られたのが午後3時、その後アリマタヤのヨセフたちがあわてて埋葬したのは、間もなく土曜日、すなわち安息日が始まろうとしていたからです。安息日には埋葬をはじめさまざまな行動の制限がありました。これが物語っているのは、ユダヤの一日は、日没から始まる、ということです。
ユダヤの人たちは、さあ一日が始まった、まず就寝しよう、という文化を持っているのですね。すべては神さまにお任せして、人間である私たちは休もうということです。
どんなに暗い夜であっても、必ず朝はやってきます。苦しみや悲しみがいかに深くとも、必ず喜びの時はやってくるのです。試練の時はつらいのですが、希望を失わず忍耐して待ち望むならば、必ず輝く朝がやってきます。
〔聖書の個所〕
夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。
(詩篇30編5節)
いつも喜んでいなさい。
(第一テサロニケ5章16節)
コメントを残す