「夫れ神は至霊にして真人なり。故に無辺に在ると共に厳然として中極に尊位せざるはなし。其宇宙に旋転来往する、化々存々窮まりあるなく、万有是を以て永遠に開新す。夫れ神は大始大終の真実有なり。」
新井奥邃、『聖言』、151
「神はまことの霊でありまことの人である。よって無辺の存在であると共に厳然と中心の極みに存在していないことではない。宇宙にめぐり行き来する、変化して存在することにおいて行き詰ってしまうことがない、すべての造られたものはこれによって永遠にむかって新しく前進する。神は大いなるはじめであり大いなる終りそのものの御方である。」
神さまは霊的な存在であり、人間の目に見えないお方です。その目に見えないお方が目に見えるかたちとなって、私たちのところに来てくださったお方がイエス・キリストです。キリストはまことの神であり、まことの人です。このお方において私たちは、愛を知り永遠を知ります。
天におられるお方が、この地に生きてくださり、そればかりは十字架に死においては陰府(地獄)にまで下ってくださいました。本来神さまの支配のとどかないところが地獄だったのですが、そこにも赴いてくださいましたから、この世界のどこにおいても神さまの存在することのできない場所はありません。どこにいても、そのところに神さまはともにいてくださるのです。
空間だけではありません。時間においても神さまは無限のお方です。すべてのものの始まりにおいて存在され、すべてのものの終わりにおいても存在しておられます。私たちがこの地に生まれたその前からおられ、またやがて死を迎える私たちとその死の向こうまでともにいてくださいます。
このお方のご存在を知ることによって、私たちの人生は全く新しいものになります。
〔聖書の個所〕
神である主、常にいまし、昔いまし、後に来られる方、万物の支配者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」
(黙示録1章8節)
また言われた。「事は成就した。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。勝利を得る者は、これらのものを相続する。わたしは彼の神となり、彼はわたしの子となる。
(黙示録21章6~7節)
「見よ。わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれのしわざに応じて報いるために、わたしの報いを携えて来る。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。」自分の着物を洗って、いのちの木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都にはいれるようになる者は、幸いである。
(黙示録22章12~14節)
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